約1年半の休館期間を経て、2022年4月にリニューアルオープンした国立西洋美術館へ行ってきました。
リニューアルオープン記念として、ドイツのフォルクヴァング美術館とのコラボレーション企画です。
自然と人のダイアローグ
フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで
ゴッホの代表作の一つ「刈り入れ」が初来日!
国立西洋美術館の新規収蔵品が本邦初公開!など、見どころ満載の今回の展示会。
他にもマネ、モネ、セザンヌ、ゴーガンなどなど、100点を超える多くの作品に見応え抜群です。
一部を除いて写真OKなのも嬉しいポイントでした。
Ⅰ〜Ⅳ章に構成された展示を順番に見ていきます。
Ⅰ章 空を流れる時間
雲を先頭に気象のテーマで始まるⅠ章では、フレームの内と外を連続させ、絵画空間に現実の時間を流れ込ませることを目指した風景の表現を見ていきます。画家たちは鉄道が結ぶ各地へ足を伸ばし、直接的な自然体験から得られた瞬間的な印象をとらえようとしました。
展示パネルより一部抜粋
特に印象深かったのがこちら。
ゲルハルト・リヒターの「雲」です。
実物はかなり大きなキャンバスで、にも関わらず写真と見紛う油絵に驚きました。
Ⅱ章 <彼方>への旅
Ⅱ章では、印象派を中心とする近代絵画の流れとは異なるもう一つの流れ、すなわちドイツ・ロマン主義から象徴主義などの作品を通じて自然表現の発展を展観します。目に見える世界を超え、万物が照応する森で自然という書物を読み解こうと、あるいはその声なき声を聴きとろうとした芸術家たちは未知の風景を求めて遠方へと旅立ちます。それは果てのない「自分」を探す旅でもありました。
展示パネルより一部抜粋
「ピルニッツ城の眺め」は、本当に細かく描き込んである為、多くの人が足を止めて覗き込むように、窓の奥の絵の小さな小さな景色を時間をかけて見ていました。
(その時の観客等の状況と、個人的な好みもあってか、ゴーガンの絵の写真を全然残せていなかったことに、後から振り返って気付きました…)
Ⅲ章 光の建築
Ⅲ章では、自然の観察を出発点としつつも、独自の秩序と生命をもつ絵画空間の創出を目指した画家たちによる多様な造形的実験の展開を見ていきます。自然の本質を把握しようとする試みは、芸術を宇宙や万物の創造の根源と結びつける神秘的な世界観とも接続していきます。
展示パネルより一部抜粋
自然がもたらす鮮烈な身体的感覚そのものの実現のため、自然に匹敵する絵画空間の構築を目指したセザンヌ
展示パネルより一部抜粋
ガッレン=カッレラの「ケイテレ湖」は、今回新たに収蔵された初公開の作品です。
Ⅳ章 天と地のあいだ、循環する時間
最後の章では、季節の巡りから、農耕と労働、「庭」というミクロコスモスまでの表現を通じて、自然のなかの循環的な時間と人の生を重ね合わせ、映し合わせたような作品を見ていきます。そこには、対立と調和を繰り返してきた人と自然の関係性、生と死をめぐる人間の根源的な感情が湛えられた風景を見ることができるでしょう。
展示パネルより一部抜粋
今回の展示の目玉とされていた、初来日となったゴッホの「刈り入れ」です。
ゴッホは、夏の炎天下の麦刈りの眺めに、時が来れば一生を終えるほかない人の「死」のイメージを見たそうですが、それは「明るい光」のなかにあるとも弟テオへの手紙に記されているそうです。
私のこの絵の第一印象は、「なんだか圧が強い…」でした。
もう少し言葉を選ぶと、重々しさと力強さーーでしょうか。
私にはそれは時に重苦しく、けれど時に神々しくも感じられました。
最後にモネの睡蓮が並ぶ空間です。
近年フランスで発見された「睡蓮、柳の反映」は、上部が著しく破損しており、本来は水面の中央に大きな柳が影を落とす構図であったことがわかっているそうです。
それから「睡蓮」。
「柳の反映」の方もそうですが、最初に思ったのは、実物はこんなに大きな絵だったんだ…と。
それからじわじわと、個人的な思い入れもあってか込み上げてくるものがあり、思いがけず涙しそうになりました。
やはり、本やテレビで見るのとは違いますね。
美術には全然詳しくないため、ただ絵や作品を見るのが好き…くらいの感覚ですが、美術館や博物館の類には時折行きたくなります。
そして勤勉でもないので相変わらず無知ですが、それでもよく見聞きする作品を目の前で見ることが出来て、久しく「あ、感動するってこういうことだったな…」と感じた日でした。
展覧会情報
※詳細および国立西洋美術館の案内については、公式サイトをご覧ください。